名護市には風土や伝統、自然などを生かした教育を進める、魅力ある学校がたくさんあります。中でも、特色のある小学校の中から6校をピックアップして、各学校の魅力をお伝えしていくシリーズ企画。
シリーズ第6回目は「名護市立瀬喜田小学校」。同校の比嘉豊校長、元PTA会長で許田区の翁長武区長、同校卒業生の喜瀬区の比嘉洋区長、幸喜区の宮城治史区長、保護者代表の大城敬一郎さんに、瀬喜田小の魅力や歴史について振り返っていただきました。

▼まずは、瀬喜田小学校の紹介をお願いします。
宮城校長:瀬喜田小は1889(明治22)年に創立され、今年で137周年になります。児童数は38人で、名護市内では一番の小規模校です。国道58号線に面しており、すぐ前には名護湾があります。きれいな砂浜のビーチをはじめ、裏には山や畑が広がっていて自然に恵まれた環境です。
学校名ですが「瀬喜田」という地名は名護にはありません。校区内の地名「喜瀬」「幸喜」「許田」から一文字づつ取って付けられました。3区は「三共(さんきょう)」と呼ばれ、お互いに協力して学校を約130年見守ってきてくれました。
▼区長や大城さんは卒業生とのことですが、在学中はどのような様子でしたか?
比嘉区長:60年以上前の話になりますが、僕の時代は瀬喜田小・中ともバスケットボールがとても強かったです。他校からも強豪校として見られていました。
宮城区長:沖縄県大会で準優勝、全日本大会優勝までしています。全国大会優勝記念に建てられた記念碑が校庭にありますよ。
翁長区長:区の様子で言うと、僕たちが住む許田区は学校から4キロほど離れていて一番遠いので「団体早登校」をしていました。中学3年がリーダーになり、小学1年からの許田区に住む児童が全員集まって集団登校していました。このおかげで、お互いの絆が深くなったように思います。

▼現在は名護市内で一番の小規模校とのことですが、皆さんが通われていた50~60年前の児童数はどのくらいでしたか?
比嘉区長:私たち1945(昭和20)年生まれの世代は1クラス30人弱くらいで、小学1年から中学3年までずっと一緒でした。1~2年後輩に2クラスあった時期もあり、全校児童数は350~400人くらいだったと思います。男女関係なく、みんな友達同士でしたね。
大城さん:私は区長たちの世代から20~30年後になりますが、全校児童数は100人くらいでした。私たちの世代は人数が少ない方で、入学時は12人でした。今でも本土に行った同級生が帰ってくると集まっています。
比嘉校長:今の子どもたちもとっても仲が良いんですよ。一番多いクラスで10人くらいですが、お互い家族みたいな感じです。昔から変わらないんですね。あの子たちは皆さんと同じように、世代を超えても分け隔てなく育っていくんだなと思うと、とても素敵な学校だと改めて思いますね。
▼児童同士、仲が良いのはずっと変わらないんですね。ほかに瀬喜田小の今も昔も変わらない特徴はありますか?
大城さん:校庭に大きなセンダンの木がありまして、樹齢は130年以上になるといわれています。あの木は学校の歴史とともに歩んできたんだなと思います。
大城さん:木の下にテーブルがあって、放課後に子どもたちがそこで宿題やったり教え合ったりしている姿があって、とてもいいなと思います。
比嘉校長:今も枝葉が広がってとてもきれいですよ。体育の合間などは、子どもたちの休憩場所になっています。瀬喜田っ子の特徴はみんな仲が良く、休み時間も1年生から6年生まで混ざって遊んでいることです。素朴で明るく、優しい声かけができる子たちです。学校では夢に向かってたくましく生きる子を目指し、小人数の良さを生かして1人1人丁寧な学習に取り組んでいます。校外学習も地域に協力してもらい、とても盛んに行われています。
▼校外学習では、どのような取り組みをされていますか?
比嘉校長:近くにある「ブセナ海中公園」の協力で海洋学習を行ったり、地域の農家では田植え・稲刈り体験、菊栽培農家では見学など体験学習に取り組んでいます。昨年はスーパー「かねひで」の協力でゴルフ大会に参加したり、ゴルフ場の手伝いなどの職場体験を行いました。ほかにもたくさんの体験学習を行っています。
▼最後に、入学や名護市内で転校をお考えのご家庭へメッセージをお願いします。
大城さん:瀬喜田小はとても自然豊かな学校です。小規模校だと私たちはネガティブに考えているわけではなく、子どもたちが兄弟のように仲良く過ごしているとても魅力ある学校だと思っております。ぜひ雰囲気を見ていただきたいです。
比嘉校長:3区の皆さんや保護者に支えられながら、夢に向かってたくましく育つ瀬喜田っ子一人ひとりが輝く瀬喜田小学校を、これからも育んでいきたいと思っています。ほかの小学校にはない環境で学んでみませんか。
